ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Elimination

WHO Ambassador's Column

コラム

WHOハンセン病制圧大使:笹川陽平活動記

Vol.10 2016.4.3

ハンセン病の薬(4)――地理的要因による配布の難しさ

image11995年にハンセン病の特効薬が全世界で無償配布されるようになって、早20年が過ぎました。この薬を飲んで完治した患者さんの数は、日本財団が費用を負担していた当初5年間だけでも、推定500万人程度に上ると考えられています。何度も書いているように、ハンセン病は薬をきちんと飲みさえすれば治る病気です。とはいえ、いくら薬が無償でも、地理的な条件が原因で、それを受け取ることのできない人たちもいます。

一つは、ハンセン病の治療ができる病院の数が少なく、患者さんの住む地域からあまりにも遠いために通院できないケースです。たとえば、ブラジル北部のパラー州で会ったヘイスさん一家がそうでした。パラー州の面積はブラジルで最大級であり、日本全土の3.3倍にも及びます。患者数はブラジルで最も多いにもかかわらず、専門病院はたった1つしかありません。病院では手厚いケアが施されているものの、遠方の患者でここまで来られるのは非常に運のいい人だけなのです。

ヘイスさんの家は、アマゾン川の中洲にありました。都市部にある病院からは車と舟を乗り継いで3時間、特に貧しい人々の暮らす地域です。ヘイスさんの月収は、日本円にしてわずか1万8000円ということでした。家族5人全員がハンセン病にかかっており、一番先に発病した母親だけは、すでに治療を終えていました。しかし、残り4人が病院へ通うと、交通費だけで収入の大半が消えてしまいます。

治療には最低でも6カ月間、薬を飲み続ける必要があります。しかし当時、州の規則では1回の通院でもらえる薬はひと月分だけと決められていました。一家の収入では、皆が毎月病院に通うことはできません。発展途上国では、治療を受けたくても通院できない人はたくさんいるのです。

DSC_0234このような遠隔地に住む患者さんのために、地域密着のヘルスポスト(保健所)やボランティア組織などが各地を回り、薬を届けるサービスも行われています。しかし、広い国土に人々が分散して暮らす地域では、巡回診療や薬の配布が隅々まで行き渡らないというのが、もう一つのケースです。

アフリカ南東部に位置するモザンビーク共和国は、困難を乗り越えて2008年にハンセン病の制圧を達成しました。しかし、私が訪れたときにはまだ、人口1万人に対して2.5人という有病率を持つ未制圧国で、なかでも北部のナンプラ州は6.3人と有病率の高い地域でした。同州では約400万人の住民が、広大な土地に点在して生活しています。

とはいえ当時から、ヘルスポストが5kmに1カ所の割合で設置され、薬の配布を行う体制は整っていました。ところが、私が視察したヘルスポストでは、あるべき薬の在庫が用意されていませんでした。中央政府は薬を配布しているにもかかわらず、途中で流通が止まってしまい、末端の患者さんまで届いていなかったのです。幸いモザンビークの場合、その後に状況が改善され、今ではこうしたことはありません。しかし、途上国では一般に中央から離れた田舎ほど関係機関の目が行き届かくなりがちで、管理を徹底する必要があります。

町なかに病院や診療所、薬局やドラッグストアが立ち並び、いつでもどこでも治療を受けたり、薬を手に入れたりできる日本からは想像できないかもしれません。しかし、これが世界の現実なのです。国としてハンセン病の制圧を成し遂げていたとしても、地域ごとに目を向ければ、決して安心できない状況です。だからこそ私は、現状の改善に向けて、各国の保健省など関係部局に根気づよく働きかけを続けています。