ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Eliimination

ハンセン病の現場にレンズを向けて vol.13 未制圧国ブラジル 隠れた患者を探し出せ!

ブラジルは世界に唯一つ残るハンセン病未制圧国です。2015年の登録患者数は20,702人。「制圧」基準の1.01倍、達成まであと少しのところにきています。
しかし、現場では大きな問題が横たわっていました。数字に表れない“隠れた患者”の存在です。
最後の「未制圧国」が直面する現実。その最前線にレンズを向けました。

本編 00分00秒

「未制圧国」が直面する厳しい現実

ハンセン病を「制圧」した地域は、蔓延状況が沈静化すると考えられています。WHOが「公衆衛生上の問題としてハンセン病を制圧する」という目標を定めたのは、1991年。以降、多くの国が制圧を目指して、患者の早期発見・早期治療などの対策活動を進めてきました。当時88ヶ国あった未制圧国は、現在ブラジル1ヶ国となっています。
広大な国土に点在する蔓延地域、遠隔地に住む患者、各州で異なるハンセン病対策・・・数多くの問題が残るブラジル。その中で最大の問題のひとつが、“隠れた患者”の存在です。ハンセン病に罹っていることに患者自身が気づかないまま暮らしているのです。彼らは病気に気づかない限り、治療を始めることはありません。そして新たな患者を生む感染源になっています。また“隠れた患者”を発見することができない医師や看護師が多いことが、事態をさらに深刻にしています。笹川さんが視察した「サイレントエリア」と呼ばれる蔓延地域は、こうした要因が重なって生まれています。ブラジル政府は2015年内の制圧達成を公約していました。しかしそれは果たされないまま、今日に至っています。(2017年1月現在)

keypersons

  • 「今できることは、患者を発見して増やすこと。 10年後の患者を減らすために」シセロ・フラガ・メロ(マットグロッソ州保健局ハンセン病対策コーディネーター)

    10年連続でハンセン病の患者数がブラジル最多となる、マットグロッソ州。シセロさんはこの蔓延州で20年以上も最前線の現場に立ち続けています。国内第3位の面積を持つ広大な州(日本の約2.5倍)の状況を把握し、“隠れた患者”を発見するため州全土を飛び回る日々。しかしマットグロッソ州ではハンセン病対策の優先順位は低く、活動はままなりません。
    「私のしていることは、全て無駄なんじゃないか・・・」全く改善しない状況に絶望を感じる時もあるとシセロさんは語ります。それでも諦めることなく新規患者の発見活動を続けてきました。「この病気は放っておくと、もっと酷いことになる。私の目標は10年後の患者を減らすことなんです。たとえ今、患者が増えたとしても」。
    シセロさんの活動は、わかりやすく数字に反映されるものではありません。志をともにする仲間も少ないのが現状です。しかし、シセロさんはまっすぐに前を見つめています。その強い眼差しは患者に向き合うものと同じでした。

  • 「私がハンセン病なんて・・・信じられません」ダ・シルバさん一家

    今回の取材時に、シセロさんの訪問診察を受けたセバスチオン・ピレス・ダ・シルバさん一家。2週間前からハンセン病患者の兄、ラウレンチーノさんが居候を始めたところでした。治療が長引く兄を家族で支えるため、隣の州から呼び寄せたのです。そのセバスチオンさんの家族全員がハンセン病、またその疑いを宣告されました。
    「私がハンセン病なんて・・・信じられません」。兄の闘病を最もそばで支えてきた姉のジュラセマさん。自分がハンセン病と診断されたことを受け入れるまで、とても時間がかかりました。周囲から差別されてきた兄を間近で見てきたため、この病気がどのような苦しみをもたらすのかよく分かっていたのです。
    「ハンセン病はとても恐ろしい病気だと思っています・・・」こみ上げる不安と溢れ出す涙を抑えながら答えてくれたのは、娘のジェニフェルさん。彼女はハンセン病に罹ると死んでしまうと思い込んでいました。正しい知識を持っていなかったのです。恐怖に怯えるジェニフェルさんには、父親と母親がずっと寄り添っていました。
    「何があっても娘の治療を支えていきます」と涙ながらに語ったのは、父親のセバスチオンさんです。彼もまたハンセン病の疑いがあることをシセロさんから告げられています。しかし何よりも心配していたのは娘のことでした。
    ハンセン病と診断された人の多くは、しばらく言葉を発することができません。事実を受け入れた後に、絞り出すようにして語られたのがこれらの言葉なのです。
    訪問診察の最後、シセロさんはハンセン病が薬で治る病気で、差別されるような病気ではないことを家族に伝えています。別れ際、ダ・シルバさん一家が取材班に語った言葉は、「ちゃんと薬を飲んで、あなたたちが次に来たときには治しているからね!」というものでした。ハンセン病の治療を続け、快方に向かう兄の姿が彼らの背中を押していました。

Staff Credits

総合演出:浅野直広 / ディレクター:奥田円 / 取材:石井永二 / プロデューサー:浅野直広、富田朋子 / 海外プロデューサー:津田環 / AD:松山紀惠 / 撮影:西徹、君野史幸 / VE:岩佐治彦、篠原裕弥 / 音響効果:細見浩三 / EED:米山滋 / MA:清水伸行 / コーディネーター:鎌倉廣幸、レオナルド山口、バリ・アレシャンドリ / 翻訳:平野加奈江、貫名由花 / リポーター、日本語版ナレーター:華恵 / 英語版ナレーター:Deirdre Merrell-ikeda
制作:テレビマンユニオン

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