ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Eliimination

ハンセン病の現場にレンズを向けて vol.5 ルーマニア 地図から消された故郷への想い

ルーマニアではこの20年間、ハンセン病を発症した人は一人もいません。人々の間では過去の病気として認識され、病気そのものを知らない人も少なくありません。しかし現状とは裏腹に、陽の当たらない場所で、長年差別に苦しむ回復者たちがこの国には存在していました。ルーマニア唯一のハンセン病専門施設、ティキレシュティ療養所にレンズを向けました。

本編 33分30秒

“存在”を否定された、ルーマニアの回復者

ルーマニア東端にある世界遺産ドナウデルタからほど近い山あいにひっそりとたたずむ、ティキレシュティ療養所。ルーマニア唯一のハンセン病専門施設であるこの療養所では、国内全ての回復者16人が暮らしています。
1989年まで続いた共産党政権により、ティキレシュティはルーマニアのあらゆる地図から消されていました。ハンセン病の存在そのものが社会から抹殺され、患者・回復者はいないものとされたのです。
「ティキレシュティのことをどうか忘れないで」
この地には、回復者一人ひとりが重ねてきた人生の物語が詰まっていました。

keypersons

  • 「ハンセン病のおかげで、神と出会うことができました」ロメオ・ネデルク(牧師・回復者)

    ネデルクさんは、ティキレシュティ療養所の中にある小さな教会で牧師を務める回復者です。
    12歳の時にハンセン病を発症。小学校を中退し、同じくティキレシュティでハンセン病治療を受けていた母親のもとへ移り住みました。
    お母さんは、最初ネデルクさんの姿を見た途端、大声で泣き叫んだそうです。
    これから息子が自分と同じ“ハンセン病患者”という烙印を背負い、社会から隔離されて生きていく…
    この辛い現実をどうしても受け入れることができなかったのかもしれません。
    療養所で暮らすようになったネデルクさんは、ただ日々を無為に過ごすだけ。いつ病気が完治して、ここから出ることができるのか。その不安と苦悩から、将来に希望も目標も持つことができなくなっていたのです。
    しかし27歳の時、人生の転機が訪れました。ティキレシュティの仲間の勧めで聖書と真剣に向き合ったことで、今までの投げやりな自分を悔い改め、人生をやり直す機会を得たのです。ネデルクさんはこの時のことを「初めて神と出会った瞬間だった」と今でも鮮明に覚えています。
    こうしてネデルクさんは神に仕える決心をし、牧師になる道を選びました。
    今は、自分の人生を変えてくれた神の教えをティキレシュティの人々に伝えています。

  • 「無いものを“要求”するのではなく、有るものに“感謝”しなさい」エウフィミア・ドミトル(回復者)

    ドミトルさんは現在86歳、ティキレシュティ療養所で最高齢の回復者です。
    18歳の時にティキレシュティに移住してから、今年で68年目を迎えました。
    ドミトルさんは15歳でハンセン病を発症。体中に豆状の斑点と潰瘍ができ、想像を絶する痛みに昼夜泣き叫ぶ日々が続きました。第二次世界大戦直後の、医薬品が充分に無い時代です。症状は一向に改善されず、食事をとることもままなりませんでした。自分の姿がどんどん醜く変わっていくことへの恐怖と不安もつのります。毎日神に救いを求めて、祈りを捧げました。
    ハンセン病によって、ドミトルさんは多くのものを失いました。そんなティキレシュティでの辛い日々からドミトルさんを救ってくれたのが、神の存在です。失ったものに絶望するのではなく、今あるものに感謝することの大切さを教えてくれたのです。
    「目が見えること、耳が聞こえること、匂いを感じられること。
    日頃、当たり前だと思っている全てのことに、あなたたちは感謝していますか?」
    私たち取材班に、彼女は何度も何度も繰り返し問いかけました。

Staff Credits

総合演出:浅野直広 / ディレクター:石井永二 / プロデューサー:浅野直広、富田朋子 / GP:田中直人 / 海外プロデューサー:津田環
AD:松山紀惠 / 撮影:西徹、君野史幸 / VE:岩佐治彦 / 音効:細見浩三 / EED:米山滋 / MA:轉石裕治
コーディネーター:オリビア ベルギアヌ、アンドレイ ベルギアヌ / リポーター・日本語版ナレーター:華恵
制作:テレビマンユニオン

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