ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Eliimination

People / ハンセン病に向き合う人びと

西尾 雄志(Gakuvo センター長)

Gakuvo(ガクボ)は社会貢献をしてみたいという学生たちのために2010年に設立された学生支援組織。
ハンセン病関連でもフィリピン・クリオン島や中国・回復者村でのワークキャンプなど、積極的な活動を行っている。
学生ボランティアだからこそできること、未来の社会へつなげたい思いなどについて、
センター長の西尾雄志さんにうかがいました。

Profile

西尾 雄志氏
(にしお たけし)

1974年三重県桑名市生まれ。日本財団学生ボランティアセンター代表理事。早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター客員准教授。二松学舎大学、聖心女子大学などで、ハンセン病問題やボランティアの振り返りに関する講義を担当。20歳の頃、フィリピンのハンセン病コロニーでの人口調査のボランティアで初めてハンセン病の問題にふれる。29歳の頃、中国のハンセン病快復村での活動を仲間と一緒に立ち上げる。ハンセン病問題と学生らの活動に関してまとめた書籍として、『ハンセン病の「脱」神話化―自己実現型ボランティアの可能性と陥穽』(皓星社)、『承認欲望の社会変革―ワークキャンプにみる若者の連帯技法』(京都大学学術出版会・共著)がある。趣味は散歩と読書(ノンフィクション)。

さまざまな社会問題に関わる機会を考える

「社会に貢献したい」という気持ちに
きっかけを与えるGakuvo

まず、Gakuvo(ガクボ)という組織と、その成り立ちについて教えてください。

  • 2010年NPOとしてスタート。2015年に一般財団法人に

Gakuvo(ガクボ)は2010年にできた学生ボランティアの支援組織で、正式名称は「日本財団学生ボランティアセンター」といいます。日本の市民社会を見渡してみると学生の社会貢献意識というのは、じつはかなり高いということがわかっています。アンケートで「社会の役に立ちたい」と答える学生の数は、全体の約7割に達するという調査結果もあるんですね。ところが実際にボランティアに関わっている学生の数は、それよりも大幅に少ない。そういった学生たちにきっかけを提供して、ボランティアの楽しさ、面白さを知ってもらえば日本の市民社会の意識も徐々に変わっていくのではないか。そんな思いで2010年にNPO法人として設立されました。

その後2015年3月に一般財団法人化して再スタートを切りましたが、その最大の理由は、学生ボランティアの支援活動が日本全国に広がってきたことにありました。もともとNPO法というのは地域密着型の活動を想定したものだと思います。全国展開していくのであれば、むしろ財団法人の方が法律が想定しているかたちに近い。そこで一般財団法人化するに至ったということです。

学生ボランティアの支援とは具体的にどのようなことをしているのでしょう。

全国の大学と協働して主要都市でボランティア活動を展開したり、3.11以降は東北に学生ボランティアを送るということもやっています。これは現在も定期的に派遣活動を行っています。

東日本大震災というのは、学生ボランティア活動においてかなり大きなメルクマールでした。阪神淡路大震災の頃と比べると学生ボランティアのマネージメント、コーディネートは、かなり進歩しました。一泊二日、二泊三日などのプランが用意されたことで、学生たちも参加しやすくなったと思います。

その一方で、ボランティア準備の大半を大人たちがやってしまうために、「学生は指示に従うだけ」というケースが増えてしまったように思います。効率性という面から見れば、これはこれで意味もありますが、ボランティアに必要な自主性を養うという点では、ちょっと問題でもあるわけです。そこで学生みずからが企画し、運営も行っている団体に対して、10万円から最大30万円まで活動協力金というかたちで支援する「Gakuvo Style Fund(ガクボ・スタイル・ファンド)」というプログラムも用意しました。全国から応募があり、昨年度は40団体以上に助成を行っています。

「スタイル・ファンド」のもうひとつの目的は、ボランティアに参加する学生たちに全国ネットワークを作ってもらうことです。事前のプレゼン審査で応募団体が集まり、そして翌年度の活動報告会で再会する、という流れになっています。そこから学生同士の横のつながりができてくれたらいいなと思っています。

学生ボランティアならではの難しさ、課題のようなものはありますか。

  • 学生目線でボランティアを考える

大学生というのは4年経ったら卒業してしまうわけです。メンバーも入れ替わっていってしまうので、私たちから学生ボランティア団体にアプローチするのは、じつはけっこう難しい面があったりもするんですね。そこで大学と協働でプログラムを展開するという手法を採っています。学内にボランティアセンターをもっている学校も多いですし、団体の把握もしやすくなり、学校側もボランティア活動による「人間性の成長」といった要素を教育プログラムに落とし込みしやすくなる。そこにGakuvoのノウハウも入れています。

学生ボランティアを効率的に支援していくためには、やはり学生目線も必要不可欠だろうということで、毎年10名ほどのインターンに来てもらい週一回、一年スパンでいろいろな事業を一緒に作ったり、ディスカッションしたり、ということもやっています。昨年度は首都圏を中心とした9名のメンバーにインターンとして活動してもらいました。

村人たちの見送り。ハンセン病がアジアをつなぐ

快復村でのワークキャンプと
学生だからこそできること

ハンセン病関連のプロジェクトには、どのようなものがあるのでしょうか。

  • 心のつながりが生まれる

Gakuvoで行っている活動のうち、ハンセン病に関わるものは現在三つあります。ひとつめは「HOPE」というハンセン病回復者の支援プロジェクトです。これは2013年11月にフィリピンが超大型台風30号(ハイエン)による被害を受けた際、世界最大のハンセン病のコロニーであるパラワン州クリオン島に学生ボランティアを派遣することを目的として立ち上げられたものです。36大学、約80名の学生ボランティアが4回にわたりクリオン島でのボランティア活動に参加して、計19軒の家屋修復などを行いました。このとき生まれたつながりを活かして、現在は「Hand-in-Hand」という新しいプロジェクト(※現地学生とのワークキャンプなど)が行われているところです。

あとのふたつはいずれも大学協働のプロジェクトですね。ひとつは大阪にある追手門学院大学でやっているプログラム、これはハンセン病のことを半年間授業で勉強して、それを踏まえて毎年7月くらいに国立療養所の長島愛生園(岡山県)を訪問するというもの。もうひとつは早稲田大学の「QIAO(チャオ)」というプロジェクトです。これは中国のハンセン病快復村(※QUIAOでは回復ではなく快復という表記を用いている)に泊まり込み、中国の学生たちと一緒に土木作業をするというワークキャンプです。

快復村やコロニーに学生が入っていくことで、どんな変化があるのでしょう。

  • 帰国する学生を見送ってくれる快復村の村人

私たちが中国の快復村で活動を始めた頃は、村と外部との交流は、ほとんどない状態でした。そこに中国や日本の若者がどんどん入っていくことで、まわりの意識が変わっていくということが起き始めたんですね。「怖い病気の人たちが住んでいるところだ」と思われていた村に、学生たちががやがや入っていって、一緒に生活して楽しそうにご飯を食べている。そういった姿を見てまわりの村の人たちも「怖くないんだ」ということに気がつき始めるわけです。それをきっかけとして、快復村と周辺の村との交流が始まったケースも数多くありました。

こんなこともありました。ある女子大生が快復村のおじいちゃんと仲良くなって、ある日市場へ手をつないで出かけていった。すると「怖い病気の人と女の子が手をつないで歩いている」ということで、まわりに人だかりができたんですね。そこから会話が始まって、差別が徐々に和らいでいったんです。学生たちは家屋の修復やトイレを作るなど、作業を目的として快復村に入っているわけですが、じつはハンセン病のネガティブなイメージを変えていく大きな力ももっている。その力というのは、私たちの想像以上、彼らが現地でする実際の作業以上のものがあるんじゃないかと思います。

未来志向の活発な議論が行われる

さまざまな差別について考えることが、
未来の社会を変えていく

ボランティア活動に参加する学生には、どんなタイプの人が多いのでしょう。

若者というのは、いつの時代もああだこうだと言われるものですが、Gakuvoでボランティアに参加している学生たちに関して言えば、ポイントや指示さえはっきりと伝えれば、かなりてきぱき動いてくれる人たちが多いです。あと、心のやさしさという面では、日本の学生たちはかなり秀でているんじゃないかと思いますね。これは諸外国の学生たちと比べたとき、とくに強く感じることです。なかにはガツガツした学生もいますが、ボランティアをやってみたいという学生は、おじいちゃんやおばあちゃん、小さな子どもに対するやさしさをもっているし、人間関係をつくるのも案外上手だったりするんですね。

その一方で、もっと自分勝手にやってもいいのにな、と思うこともあります。なんでもかんでも大人の指示を聞いてやるのではなく、自分で考えて、まわりの仲間たちと計画を練って、自分たちの思いでやっていくという面が、もうちょっとあってもいい。失敗から学ぶことも多いんですから。もしかすると今の学生たちは「失敗しないようにしよう」という意識が強いのかもしれない。でも自分の背丈を超えるような挑戦をするときこそ、学生って伸びるものなんですよ。無理だと思っていたことが、結果的にできてしまったりする。だからこそ、挑戦しないのは、もったいないことだと思います。

「20年後の社会に必要とされる人材を育てる」ことも
Gakuvoの目的のひとつとうかがいました。
20年後には、どんな人材が求められると思いますか。

  • 快復村の壁。笑顔の写真がどんどん増える

  • 「回復者と学生」との関係が、「あなたとわたし」の関係にかわっていく

20年後というと、今の学生たちが40歳前後になる頃ですね。さまざまな人生を歩んでいると思うんですが、40代というのは社会的影響力をもち始める年代でもあるわけで、その人たちのなかにボランティアや社会貢献活動の重要性を知っている人が大勢いれば、それは社会としての「強さ」につながっていくんじゃないでしょうか。Gakuvoの活動には、そんな社会の実現を目指すという側面もあるんです。Gakuvoができて今年で5年。ということは、あと15年くらいたつと、そんな動きが出てくるかもしれない。そのときを今から楽しみにしています。

とくにハンセン病に関しては、いまこそ若い人たちがまなざしを向けなければいけないと私自身思っています。ハンセン病は紀元前の書物にも記載が残る、とても古い病気です。ですが今日世界を見渡すとハンセン病が制圧(※)されていない国は、いまはブラジル一カ国です。

この病気で苦労してきた人々を思い返すなら、これは「医学の進歩による人類悲願の達成」といっても決して大げさではないはずです。一方、日本のハンセン病療養所に暮らす人の平均年齢は、80代半ばにさしかかろうとしています。今の学生たちは回復者の人たちから直接話を聞く、人類最後の世代になるかもしれない。同時に回復者の人たちがいなくなること、イコール「忘却の始まり」にしてはならない。だからこそ、そこに興味をもつ学生が少しでも増えてくれることを願っているのです。ハンセン病の長い歴史を考えたとき、「人類悲願の達成」となるか、「人類共通の負の遺産に対する忘却の始まり」となるか。いまがまさにその分岐点なのですから。

以前「ハンセン病差別をなくしていくための手段として、マスコミに期待する人が多い」という調査結果をどこかで見たことがあるんですが、マスコミというのは、どうしても視聴率、部数といったものを意識せざるを得ないところがある。であるならば、むしろ教育という場で「社会に出るにあたって、これだけは知っておく必要がある」ということは、きちんと教えておくべきだと思います。ハンセン病に関する問題は、まさにそういったもののひとつだと思います。

今の学生たちに「ハンセン病って知ってる?」って聞くと、名前だけは聞いたことがあるという人がほとんどです。詳しいことはよくわからない。これは「ハンセン病=怖い病気」という時代を経験していないということでもわけで、ある意味いいことかもしれません。ただ、「本当に恐ろしい病気があったとしたら、その病気とどのように向き合うべきか」「人にうつってしまう病気だとしたら、隔離してもいいのか」「どうしても隔離しなければいけない場合には、どのような仕組みを作って、患者の人権をどのように守るのか」、こういった問題もハンセン病から学んでほしい。そういったアプローチがなければ、本当の意味で自分の問題にはならないと思うんですね。

註)ハンセン病の制圧とは、人口1万人あたりの患者数(平均値)が1人未満になることを指す

問題を一般化してとらえることができれば視野も広がる、ということでしょうか。

そうです。たとえばハンセン病差別の構造を見ていくと、最近問題になっているヘイトスピーチなどのメカニズムとも、非常に似た部分があると感じます。ですからハンセン病のことを知った上で、ほかのマイノリティに関する問題にも、ぜひまなざしを向けてほしい。そうすれば、他の差別の発動も押さえることができる。私はそう信じています。

戦後、ハンセン病療養所で詩の指導をしていた詩人で大江満雄という人がいるんですが、彼は「ハンセン病がアジアをつなぐ」ということばを残しています。実際にそう言ったという確証は、どうもないらしいんですが、その事実はひとまず置くとして、これは現代でもたいへん意味のあることばだと私は思っています。国と国とをつなぐ国際交流というのは普通、スポーツとか文化交流とか、ポジティブなものを媒介として行われますが、ハンセン病という、ネガティブなイメージをもたされているものを通して行われる国際交流こそ本物なのだ、ということを彼は言っているのではないかと思います。そのような交流を通じてネガティブなイメージ自体も変化していく。学生たちの活動をみていると、そう強く感じます。そのことに戦後すぐ気がついた大江さんというのは、やはりすごいと思います。詩人の直感だったのかもしれません。

ポジティブなものから作られるネットワークというのは、案外もろいところがあったりするものです。逆に共通の利益などまったくないところでつながる、あるいはネガティブなものを通してつながるというものの方が、より深いところで強いつながりを作ることができるのではないか。快復村でのボランティア活動でも同じようなことを毎回感じます。日中関係がこれだけ取りざたされているなかで、日本と中国の学生が、あんなに仲良く活動できるのも、「ハンセン病」がキーとなっているからだと思います。そんなところにも「ハンセン病がアジアをつなぐ」ということばの真実、その一端があらわれているように思います。

Gakuvoホームページ : http://gakuvo.jp/

取材・編集:三浦博史 / 写真:長津孝輔