ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Eliimination

世界の島は語る

モロカイ島

ダミアン神父の功績とともにハンセン病史の象徴となったカラウパパ療養所

モロカイ島はハワイ諸島の中で5番目の面積の島。その北側の半島にあるカラウパパ療養所は、三方を海、もう一方は6~700mの断崖絶壁で囲まれた隔離の地である。

1800年代なかば、ハワイ諸島に蔓延したハンセン病への危機感から、1865年に「ハンセン病蔓延予防法」を制定、島民を感染から守ることを目的に患者の強制隔離を始めた。1866年、最初の患者12名が上陸し、1969年、隔離を定めたハワイ州法が廃止されるまでの間に約8000名がこの地に送られた。フィリピンのクリオン療養所、長島愛生園はこのカラウパパを参考につくられた。

1873年、ダミアン神父が赴任、患者たちの荒廃した生活環境の整備から仕事を始め、設備は大いに改善されたが、後に彼も発病し、この島で亡くなった。

1940年当時、ハンセン病と診断された人々は、まずオアフ島のカリヒ病院に収容された。病状が進行すると、カラウパパに送られたが、子供は原則として、ここに送られることはなかった。1946年より化学療法が導入され、カラウパパに新たな患者が強制隔離されることは無くなった。

1980年、カラウパパは国立歴史公園となり、ハンセン病の歴史を後世に残すべく歩みを始めた(2008年、回復者は20名を切っている)。

モロカイ島

国:アメリカ合衆国
人口:7,404人(2000年)
面積:673.40㎢
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ゆかりの人物

ダミアン神父(1840~1889)

本名はヨセフ・デ・ブーステル(Joseph de Veuster)。
モロカイ島で当時誰も顧みなかったハンセン病患者たちのケアに生涯をささげ、自らもハンセン病で命を落とした。
1930年代になってダミアン神父を「ベルギーの英雄」とする世論が高まり、遺体は故郷ベルギーへ戻された。
1995年6月4日、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世によって列福、カトリック教会において、ハンセン病患者、HIV感染者およびハワイの守護者とされている。
2009年10月12日、教皇ベネディクト16世により聖人の列に加えられ、ハワイ出身のバラク・オバマ大統領も祝福するコメントを発表した。

参考図書

  • Father Damien: A Bit of Taro, <br>
a Piece of Fish, and a Glass of Water

    Father Damien: A Bit of Taro,
    a Piece of Fish, and a Glass of Water

    Anwei Skinsnes Law (著)
    Henry G. Law (著)
    ACTA Publications
    2010年発行

モロカイ島にまつわる写真

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