ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Elimination

WHO Ambassador's Column

コラム

WHOハンセン病制圧大使:笹川陽平活動記

Vol.08 2016.1.12

ハンセン病の薬(2)――患者以外にも薬を分けるピグミーの平等社会

DSC_0100日本財団やノバルティス社の努力によって、現在のハンセン病の標準治療法であるMDT(多剤併用療法)の薬を全世界へ無償で配布する活動が続いています。すべての患者さんがこの薬を飲むことができれば、ハンセン病に悩む人はいなくなるはずです。しかし、さまざまな原因によって、必要な人に薬が届かない、という残念な実態もあります。私が2007年に訪れたアフリカのコンゴ民主共和国に暮らすピグミー族の集落では、われわれには想像もつかない理由で、患者さんが治療に適切な量の薬を飲んでいないという事実に遭遇しました。

ピグミーの人々は大変に小柄で、平均身長は150cm未満と言われています。熱帯雨林に住む狩猟採集民族で、身長が低いのも「野生動物の生息する隔絶された密林」という居住環境に適応するためとの説があります。ピグミー族は中央アフリカ全体に分布しており、コンゴでも当時は人口6260万人のうち約1%を占めていました。

コンゴは現在では「人口1万人あたり患者1人未満」というWHOの掲げるハンセン病制圧目標を達成していますが、当時はまだ、未制圧国4カ国のうちの一つでした。なかでも、少数民族であるピグミー族の間にハンセン病の有病率が非常に高いというのです。私は現地に行って確認したいと思い、コンゴ保健省とWHOのお世話で、ピグミー族が多く住む北東部オリエンタル州のワンバという村を訪ねることになりました。

DSC_0124コンゴの国土面積は約235万㎢で、世界11位の広さを誇る国です。首都のキンシャサから飛行機で4時間かけて、まずオリエンタル州の首都キサンガニへ移動し、そこからはチャーターしたセスナ機で密林の上を1時間20分飛び、ようやくワンバ村へ到着しました。ワンバでは人口10万人に対し3万人がピグミー族で、ハンセン病の有病率は1万人に57人という説明でした。ただし、ピグミーの人々は定住せず、季節がかわると次の土地へと移ってしまうので、追跡が非常に困難。これが正確な数字かどうかは神のみぞ知るです。

現地では、定期的に医師と看護師が森の中を訪問してハンセン病患者を診断しますが、患者へのMDTの薬の供給は、それぞれの小さな部族集団の酋長に渡して管理と配給をお願いしていました。直接、個人に手渡してもきちんと服用できないというのがその理由です。ところが、ここに落とし穴がありました。酋長は、もらった薬をハンセン病の人だけでなく、村人全員に分けて配っていたのです。これでは、患者さんにとって本来の服用量が足りなくなり、いつまでたっても病気は治りません。

なぜ、病気でもない人にまで薬を配ってしまうのでしょうか。それは、ピグミー族の平等社会に関係がありそうです。狩猟採集の暮らしを営む彼らは、ハンターが獲ってきた肉や女性たちが集めてきた木の実などをそうした労働に参加できない老人や病人、幼い子どもにも平等に分配します。この習慣によって、MDTの薬も分け隔てなく全員に配られていたのです。

弱者の存在を許容するすぐれた共同体運営であるとはいえ、こと薬に関して、必要のない人にまで分け与える平等は困りものです。必要な人に、必要な量の薬が行き渡らなくては意味がありません。しかし、こうした民族の文化や生活様式に関わる慣習は、なかなか修正が難しいものです。薬についての正しい知識を伝え、ハンセン病の人だけに配布してもらえるように説明する重要性を強く感じた出来事でした。