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多磨全生園の発掘調査-全生学園跡地から堀の遺構を発見

Topics 2016.11.28

_mg_8511現在、多磨全生園敷地内で行われている発掘調査により、この地に施設が開設された1909(明治42)年の直後に築かれたとされる堀の遺構の一部が見つかりました。堀の遺構が見つかったのは、旧全生学園の跡地で、その規模は幅がおよそ4メートル、深さ2メートルほどあったと考えられる大きなものです。

かつてハンセン病療養所では、患者を社会から完全に隔離するために、敷地のまわりを塀や土塁で完全に囲むということが行われていました。多磨全生園では「柊の垣根」が往時の隔離政策の象徴として知られていますが、その前には板塀が、さらにその前には土塁と堀が巡らされていたと伝えられています。堀をつくるとともに、掘りあげられた土を積み上げて土塁がつくられていたのです。その後、1925年ごろから30年ごろにかけて、敷地を拡張する際に土塁が崩され堀が埋め戻されたと考えられています。

_54a7480この発掘調査を進める国立ハンセン病資料館学芸部長の黒尾和久さんは、「これほどの規模の遺構が発掘できるとは、予想以上の成果です。開設当初の歴史的な遺構がほとんどない全生園の歴史にとって重要な発見です」とのこと。黒尾さんはもともと考古学の専門家で、今回の調査では、堀とともに、堀が埋め戻されてからその上に建てられた全生学園の遺構も合わせて発掘しています。

「この場所は堀の上に全生学園が建てられていましたので、注意深く土を取り除かないと、全生学園の痕跡がわからなくなってしまう。考古学はやり直しの効かない実験だと言われますが、それくらい注意深く作業を進めていく必要があるんです」(黒尾さんの談)。堀を埋め戻していた土のなかからは昭和初期のものとみられるガラスの破片なども出てきており、こういったものも、この場所にどのような歴史が累積してきたのかを知る手がかりとなるそうです。

今後さらに発掘が進められ、12月中には全生学園跡の地中に眠っていた堀の全容が明らかにされる予定だとのこと。