ハンセン病制圧活動サイト Global Campaign for Leprosy Eliimination

Leprosy Sanatoriums & Resource center in Japan / 日本のハンセン病療養所・資料館

Amami Wakoen

奄美和光園

鹿児島県

四方を原生林と山に囲まれ、
亜熱帯特有の文化を育んだ療養所

1943(昭和18)年、定床100床が完成し、名称を「奄美和光園」と定める。入所者19名で、開園式を挙行するも、戦争の激化とともに入所者は離散し、終戦を迎えた。1946(昭和21)年 には、2.2宣言により奄美群島は沖縄と共に行政分離され、米軍統治による群島政府管轄となった。1948(昭和23年)沖縄愛楽園より奄美出身の103名の引き揚げ入所があり、入所者は300名を超えた。そのうち大多数が奄美群島の出身者であった。1953(昭和28)年、奄美の本土復帰にともない、再び厚生省に移管された。

奄美大島の中心地である名瀬市の郊外の山間に位置し、島内交通からは隔絶された地であったが、2005(平成17)年に「和光トンネル」が開通し、市街地との行き来が容易になった。

1983(昭和58)年に皮膚科を中心とした一般外来診療を開始。一時期休診していたが、2011年(平成23)年4月から外来診療を再開し、さらに2013(平成25年)年4月からは健康保険を適用した入院制度(4床)が始まった。2017年8月時点で、入所者は27名。全国の国立療所の中で最小人数になっている。

敷地の中央付近には奄美の農村特有の高倉をシンボルとする公園があり、ビロウやガジュマル、デイゴなど亜熱帯地域ならではの植物を目にすることができる。

和光園と縁が深いことで知られる日本画家に、田中一村がいる。晩年に奄美に移住した一村は園の近くにアトリエを構え、園内の風景や動植物を観察し、それらをモチーフに独自の絵画を次々と生み出した。その作品群は、奄美空港近くの「田中一村記念館」で見ることができる。

国立療養所 奄美和光園のあゆみ

  • 1943(昭和18)年

    定床100床が完成し、名称を「奄美和光園」と定めた。

  • 1946(昭和21)年

    2.2宣言により、奄美群島は沖縄と共に行政分離され、米軍統治による群島政府管轄となった。

  • 1953(昭和28)年

    本土復帰、再び厚生省に移管

  • 1983(昭和58)年

    一般外来保険診療開始

  • 2013(平成25)年

    一般入院診療開始

国立療養所 奄美和光園

〒894-0007
鹿児島県奄美市名瀬和光町1700番地
Tel. 0997-52-6311 / Fax. 0997-53-6230

アクセス:

  • ・奄美空港より名瀬行特急バスにて40分、 浦上だいわ前バス停下車、徒歩20分(直通2本45分 和光園前バス停下車)
  • ・名瀬中心部発「しまバス」にて10分、和光園前バス停下車
  • ・名瀬港よりタクシーで10分

View Points

View Points of Amami Wakoen

  • 高倉・行啓記念公園

    園内敷地のちょうど中央付近に高倉をシンボルとする公園があります。皇太子殿下・同妃殿下(現天皇・皇后)の行啓を記念し、1969(昭和44)年に竣工されました。公園内には行啓記念碑とともに貞明皇后の御歌碑も置かれています。高齢のため外出する機会が少なくなっている入所者のためのレクリエーションとして、「七夕」や「月見の会」といったさまざまな催しがこの記念公園で行われています。

  • カトリック教会

    奄美大島は戦後米軍政府統治下となり、キリスト教の宗教布教が盛んに行われました。入所者にも洗礼を受けた信者が多かったといいます。当時、ハンセン病患者の出産は許されませんでしたが、和光園ではカトリックの神父たちのはたらきにより、多くの園内出産児が生まれ、「天使園」と呼ばれる保育施設で育てられました。これは他の国立ハンセン病療養所にはない歴史です。

  • 新納骨堂

    新納骨堂は1984(昭和59)年に建立し、翌年に記念公園へ移転されました。納骨が47柱(うち全骨8柱・分骨39柱)と、他の国立ハンセン病療養所に比べて数が少ないのは、ほとんどが入園者の家族によって引き取られ、先祖の墓に納骨されるからです。奄美では古来より、死者を神仏とあがめ、丁重に取り扱う伝統風習があります。入所者の多くは園内にいながらも、家族との親密な交流をつづけていました。

  • 旧納骨堂

    新納骨堂の裏手から続く川沿いの山道を登っていくと、奥にひっそりと旧納骨堂が残されています。1963(昭和38)年に作られた旧納骨堂は、ハンセン病の歴史を継承するものとして歴史的建造物にも指定されており、2018年には補修工事を実施する予定です。

  • 高台のあづまや

    和光園15周年記念行事の一つとして、入所者と職員によって建てられました。現在は草木がおい茂り近づきにくくなっていますが、山の麓から曲がりくねった小径を100メートルほど登った先に今もあづまやがあります。高台からは和光園の全景を垣間見ることができます。かつては入園者たちもこの険しい山道を登り、このあづまやの中で親交を温めました。

  • 田中一村の居住地跡

    日本画家・田中一村は和光園の縁を頼りに、園からほど近いこの場所にアトリエを構え、奄美の風景や植物や鳥などをモチーフにした独自の作品の数々を生み出しました。和光園内に住んでいたころには、古い写真をもとに入所者や島の人びとの着彩の肖像画を描いていたようで、その丁寧な仕事ぶりで喜ばれたといいます。そのエピソードを俳優・高倉健さんが絵本『南国のペンギン』の中で「奄美の画家と少女」という一篇で紹介しています。

写真で見る「国立療養所 奄美和光園」